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浦和地方裁判所 昭和56年(タ)88号 判決

原告

アキコ・ミヤ・カンこと宮昭子

右訴訟代理人

藤木美加子

中田浩一郎

被告

モハメッド・アタウラ・カン

主文

原告と被告とを離婚する。

訴訟費用は、被告の負担とする。

本件につき被告のために控訴の附加期間を三〇日と定める。

事実

第一  当事者の求める裁判

原告訴訟代理人は、主文一、二項と同旨の判決を求めた。

第二  当事者双方の主張

一  原告訴訟代理人は、請求原因として、次のとおり述べた。

(一)  原告は、日本国国籍を有し、昭和二七年五月五日末日聖徒イエス・キリスト教会に入会したキリスト教徒であり、被告は、パキスタン回教共和国(以下、単にパキスタンという。)国籍を有し、かつ生来の回教徒である。

(二)  原告と被告は、昭和四二年三月三一日アメリカ合衆国ユタ州ソルトレイク郡ソルトレイク市において、ユタ州が認める適法な方式に基づいて、末日聖徒イエス・キリスト教会の長老の前で婚姻をした。

(三)1  原告は、ユタ大学に留学中たまたま同大学に留学していた被告と出合い、前記のとおり婚姻をするに至つたのであるが、昭和四二年四月被告が留学の目的を終えてパキスタンに帰国したので、同四三年二月被告と生活を共にするため米国を去り、途中約二か月間日本に滞在した後同年五月パキスタンのプシヤワールに赴き、被告及びその家族と共同生活を始めた。

2  原告は、その後約五年間パキスタンにおいて生活したが、同国の気候風土、文化、宗教、被告の家族等の環境に対し精神的にも肉体的にも適合できなかつた。そして、原告は、昭和四八年夏盲腸炎を患い、子宮腫瘍が発見され、子宮を除去するという大手術を受けたが、術後その後遺症に苦しみ健康を著しく害ねたため、翌年五月健康回復の目的で日本に帰国した。

3  被告は、原告の帰国に際しても、またその後においても、原告に対し経済的援助をしなかったので、原告は、昭和五〇年六月生活のため日本において働き始めた。

4  昭和五二年始めころ被告から原告に対し、パキスタンに戻るかどうかを問い合わせてきたが、原告は、パキスタンにおける生活環境に適合できないこと及び経済的事情などを熟慮した末、パキスタンに戻ることを断つたところ、これを最後に原・被告間の音信は途絶えた。

5  被告は、昭和五四年三月パキスタンの女性と婚姻をし、翌年八月一子を儲けたものであり、被告に原告との婚姻継続の意思のないことは明らかである。

6  以上の被告の所為はパキスタン回教共和国一八六九年離婚法第一〇条に定めた離婚原因に該当し、また日本民法第七七〇条第一項二号及び五号の離婚原因に該当する。

(四)  よつて、原告は被告との離婚を求めるため、本訴に及んだ。

二  被告は、本件口頭弁論期日に出頭しないので、陳述したとみなされる答弁書には、次のような記載がある。

(一)  請求原因(二)の事実のうち、原告と被告がユタ州ソルトレイク市において婚姻をした事実を認める。

(二)1  同(三)1の事実のうち、原告が昭和四三年被告と生活を共にするため、パキスタンに赴いた事実を認める。

2  同2の事実のうち、原告が昭和四八年大きな外科手術を受け、その療養回復のため日本に帰国した事実を認める。

パキスタンの環境は、日本やアメリカ合衆国よりも厳しいものであつて、その社会は、世界のいずれの国の社会もそうであるように、独自の慣習と伝統を有し、また、パキスタンには、原告の信仰するモルモン教の教会も存在しない。原告は、被告と婚姻をする前にこれらのことを考慮すべきであつたが、年令が被告より一〇歳年上であつたにもかかわらず、これらのことを気にもしなかつた。しかし、被告は、原告を幸福にすべく最善の努力をし、原告の宗教に対し、或いは原告に子供ができないことに対して小言を述べたこともなかつた。

3  被告は、原告に対しある程度の経済的援助をした。

なお、パキスタン政府は、パキスタン人が非パキスタン人に対して金員を送金することを許しておらず、被告もパキスタン人としてこれを守る義務がある。

4  同4の事実のうち、被告が原告に対しパキスタンに戻るよう手紙を出したところ、原告がこれを断つた事実を認める。なお、原告は、日本に帰国する際被告に対し二年以内にパキスタンに戻ることを誓約していた。

5  同5の事実のうち、被告が婚姻をした事実を認める。

しかし、被告は、原告が日本に帰国してから約六年間原告を待ち続けていたが、家族の説得により婚姻をしたものであつて、原告も、また、被告がパキスタンの女性と婚姻をすることに対し何ら異議のないことを伝えていた。

(三)  以上の次第であるから、被告は、原告と離婚をすることに異存はないが、原告を悪意で遺棄したり、或いは回教の教義に、いわゆる姦通をした事実はなく、被告も、また原告と苦しみを共にし精神的肉体的打撃を受けたので、損害賠償金や訴訟費用を支払う心算りはない。

第三  証拠〈省略〉

理由

一先ず、職権をもつて、本件につき裁判管轄権を有するかどうかについて判断する。

離婚事件に関する国際的裁判管轄権は、原則として被告たる離婚当事者が住所を有する国の裁判所に存するが、被告が原告を遺棄した場合または被告が行方不明である場合その他国際私法生活における正義公平上これに準ずると認める場合においては、原告の住所が日本に存する以上、被告の住所が日本に存しなくても、日本の裁判所は国際的裁判管轄権を有するものと解するのが相当であるところ、本件においては、被告の住所はパキスタンに存するが、原告の住所は日本に存すること、原告はパキスタンに戻る意思のないこと及び被告はパキスタン女性と婚姻をして既に一子を儲けていることは、後に説示するとおりであつて、被告が当裁判所に提出した答弁書の中で原告との離婚に同意するとの意思を表明している事実は、本件記録上明らかであり、これらの事実によれば、国際私法生活上における正義、公平の原則に則り、わが国の裁判管轄権を肯定するのが相当である。

二進んで、本案について判断する。

〈証拠〉を総合すると、

(一)  原告は、昭和二年三月三〇日長野県諏訪郡下諏訪町において日本人である父宮芳平、同母エンの四女として生まれて生来の日本国国籍を取得し、同二七年五月五日末日聖徒イエス・キリスト教会に入会してキリスト教徒となつたものであり、被告は、パキスタン回教共和国国籍を有する生来の回教徒であること。

(二)  原告は、昭和三三年一一月アメリカ合衆国ユタ州のユタ大学に留学し、その後パキスタンのプシヤワール大学の教授であつて同大学に留学していた被告と知り合い、同四二年三月三一日ユタ州ソルトレイク郡ソルトレイク市において、末日聖徒イエス・キリスト教会の長老の前において適式に婚姻をしたこと。

以上の事実を認めることができ、右の事実によれば、原、被告は、適法な夫婦であるというべきである。

三そこで、離婚原因の有無について判断するに、〈証拠〉を総合すると

(一)  被告は、昭和四二年四月留学を終えてパキスタンに帰国したので、原告も、また翌年二月に一旦日本に帰国した後、被告と生活を共にするべく同年五月パキスタンのプシヤワールに赴いて被告と同棲し、その母、弟妹、姪らと共同生活を始めたこと。

(二)  しかし、原告と被告の家族らとは、言葉が通じなかつたため兎角の誤解を生じがちであつたが、被告の努力により、右家族らとは一年後に別居をしたこと。しかし、原告は、パキスタンの言語や食生活に慣れることができなかつたり、その信仰するキリスト教の教会がなくて信仰活動も思うにまかせなかつたことなどから、孤独がちであつてパキスタンにおける生活環境に適合することが必ずしも十分に出来なかつたこと。

(三)  かようにして原告は、昭和四八年五月ころ盲腸炎と子宮筋腫を患い、手術を受けて二か月程入院した後自宅療養を続けていたが、後遺症に苦しみ現地病院においては満足な治療も受けられなかつたので、一、二年後には再びパキスタンに戻る前提のもとに、翌四九年五月ころ自ら旅費を負担して、療養のため日本に帰国したこと。

(四)  原告は、健康も回復したので、同五〇年三月ころから生活のためとパキスタンに戻る旅費を蓄えるため働き始めたが、収入は少なく、蓄えを作ることはほとんど出来なかつたが、他方、被告も、原告の生活費や帰住旅費を送金する余裕はなく、原告に対し一回一〇ドルないし二〇ドル位宛二、三回送金したに止つたこと。

(五)  原・被告間においては、原告が日本に帰国して以来手紙による交信があり、当初は双方とも再びパキスタンにおいて生活を共にする意思を有していたが、原告は、昭和五二年三月ころ被告からパキスタンに戻る意思があるかどうかの問い合せを受けた後熟考の末、パキスタンにおける生活環境には到底馴染めないものと考え、被告が日本に来るならその準備をするが、パキスタンに戻る意思はないこと及び被告がパキスタンの女性と婚姻することに異存はない旨を返事し、その後両名間に交信が絶えたこと。

(六)  被告は、昭和五四年三月ころパキスタンの女性と婚姻をして同女との間に一子を儲け、原告との離婚に応ずる旨の意思を表明していること。

以上の事実を認めることができ、右認定を動かすに足りる証拠は存しない。

三ところで、法例第一六条によると、離婚はその原因たる事実の発生したる時の夫の本国法によるべきものとされているから、本件については夫である被告の本国法たるパキスタン回教共和国の法律を適用すべきところ夫婦の一方がキリスト教徒である場合に適用されるパキスタン回教共和国の離婚法(一八六九年)第一〇条第二項(一九七五年離婚法により一部改正。)によると、夫が他の女と婚姻の外形を有したことをもつて離婚原因として規定している (なお、Martindale-Hubbell Law Directory, 1983, Volum Ⅶ, PAKISTAN LAW DIGEST. page 8参照)が、被告は原告と別居した後パキスタン女性と婚姻をし子供まで儲けているとの前示事実は、右婚姻の外形を有したとの規定に該当すると認めるのが相当であり、また、右の事実は、離婚原因を定めた日本国民法七七〇条第一項第五号にいう「婚姻を継続し難い重大な事由」にも該当する。

それならば、被告との離婚宣言を求める原告の請求は理由がある。

四以上の次第であるから、原告の本訴請求は、これを認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、附加期間につき同法第一五八条第二項を適用して、主文のとおり判決する。

(長久保武 榎本克巳 坂野征四郎)

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